明日からみずほ
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昭和基地の北側の海氷上には荷物を積み終えた橇が並んでいる。
内陸旅行のための燃料や必要な物資が積まれている。
数ヶ月前から計画を練り、メンバーを決め、内陸旅行の出発拠点であるS16に置かれてあった橇を回収し、傷んだ橇は建築担当隊員が中心となって修理を行ない、修理の済んだ橇に機械担当隊員が燃料ドラムを積み込み、準備を進めてきた。
完成した橇の大陸への回送、寒い中とっつき岬での雪上車の整備など、人員とスケジュールをやりくりして進めてきた結果、どうにか出発の体制が整った。

スカーレンのオペレーションが日程的に伸びたため、当初の予定よりも数日遅れることになったが、明日5人の支援隊のサポートを受け、8人でみずほ基地旅行にでかける。

日もすっかり長くなり、日中は随分と暖かく感じるようになったが、約250km内陸で標高も2000mを越えるみずほ基地はまだまだ極寒の地。
現在の平均気温は−30℃くらいで、10m/sの風が吹いているらしい。
大陸だけに海に落ちる心配ないが、氷河のクレバス、低温、強風など、危険は身近にある。

細心の注意をはらいつつ、真っ白な大地を仲間とともに満喫してこようと思っている。

順調に行けば、26日に戻る予定。天候の影響などで停滞したとしても、11月1日には昭和基地に戻ってくる。
福島隊員慰霊祭
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1960年10月10日、第4次隊の越冬隊員だった福島紳隊員がブリザードの中行方不明となった。
遺体は1968年2月9日に西オングル島で発見された。
福島隊員が行方不明となった日には、毎年恒例で西オングル島に出かけて慰霊祭を行なうことになっている。
昨日は生憎と天気に恵まれず、急遽予定を変更して昭和基地内の福島ケルンでの慰霊祭となった。
ケルンの前に全員が集まり、黙祷し、一人一人が安全を祈願して手を合わせた。
南極での生活も残り4ヶ月。
最後まで無事に過ごすことを改めて心に誓った。
スカーレン
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<対岸の氷瀑を眺める。眼下には生まれたばかりの氷山が浮かんでいる。>

沿岸旅行のクライマックスは、スカーレン。
10月1日から7日間の予定ででかけてきた。
当初は、9月の下旬にスカーレンまでのルート工作を済ませ、5日間の日程で観測に出かける予定だったが、前回は悪天の予報でスカルブスネスに1泊しただけで帰ることになったため、日程を延ばしてルート工作と観測を一度に済ませることになった。
結果的には2日間停滞して、9日間かけてすべてのミッションを完結させ、無事に戻ってくることができた。
ラングホブデ、スカルブスネスと少しずつルートを延ばし、ようやくスカーレンに到達することができ、これでひとつ肩の荷が降りた。
とっつき岬海氷状況調査
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大陸への上陸地点であるとっつき岬には、上陸地点の手前には幅の広いタイドクラックがあって、日を追うごとに状況が悪くなっている。
とっつき大橋を設置したりして対処してきたが、先週帰ってきた隊員の報告ではさらに不安定になったらしい。
明後日から、内陸旅行用の橇の回送が本格化するのに先駆けて、タイドクラックの状況を確認しに行ってきた。
現場でクラック周辺の氷厚を測ったところ、8月に測った時よりも薄い箇所が広がっていた。
これはだめだということで、クラック沿いに南下してみると、500mほど先の氷山のそばに何とか渡れる場所を見つけた。
クラックが続いてはいるが、幅は随分と狭くなり、氷厚も充分あるので、問題なく渡ることができた。
旗を立て、迂回ルートを設置し終えてから大陸に上がると、整備が済んで出番を待つSM100が並んでいた。
アンコウ鍋
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10月に出かけるみずほ基地旅行隊の壮行会を昨夜開いてもらった。
約250km内陸にあるみずほ基地に8人ででかける
機械隊員を中心に極夜明けから整備してきた、内陸用大型雪上車・SM100で往復2週間の旅となる。
2週間近く先のことで、みずほの前に沿岸の調査が入っているため、まだみずほ気分にはなれないが、みんなからの応援を糧に事故無く過ごして来たいと思う。
夕食は鮟鱇鍋。
シェフ曰く、安全工程のアンコウだそうだ。
演出が心憎い。
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