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4月20日~27日 S16オペレーション
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4月20日出発したオペレーションは、吹雪で2日、視界不良で1日の停滞を余儀なくされ、結局用意して行った2泊3日分の停滞予備食をすべて使い切って7泊8日となった。
S16のSとはSouth Pole(南極点)のS。
Sルートは、その昔極点旅行に向けて作られたルートで、目印の標識旗にひとつひとつ番号がふられ、昭和基地のS00ポイントから南極点まで延々と旗が立てられた。その16番目にあたるのがS16だ。
今は、昭和基地から直接S16に向かうルートは使わず、クレバスを避け、北のとっつき岬経由で行き来している。

南極の大陸氷床は、よく鏡餅にたとえられる。
昭和基地から約1000km内陸に入ったドームふじ基地は標高3810mにあるが、水平距離1000kmに対して垂直にはわずか3.8kmしか標高が上がらない。つまり内陸部の傾斜は非常に緩い。
一方、内陸部と比べると鏡餅の縁にあたる沿岸部の傾斜はきつい。
S16の標高は約600mあるが、最短距離の沿岸部までは約15km。水平距離15kmに対して、垂直に0.6km上がることになる。
傾斜がきついと、流れてきた氷が割れてクレバスができる。移動ルートはクレバスを避けるように設けられていて、上空から見ると絶妙なルートファインディングに感心させられる。先人の偉業のひとつだ。

沿岸部の急斜面が終わって、内陸部の平らな場所が始まるところがちょうどS16。
ここには大型の雪上車SM100型や荷物運搬用の橇がデポ(集積)されていて、昭和基地から燃料や装備などを運び、内陸旅行の準備を行なうことになる。

今回のオペレーションは、内陸旅行の準備のための準備といったところだ。
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52次越冬が始まって初の本格的な野外オペレーションということで、朝早くからたくさんの仲間が見送ってくれる。

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移動は、3月に作った海氷上のルートを使ってとっつき岬に上陸後、毎年使われている氷床上のルートをS16までたどる。
とっつき岬からの最初の坂の部分は碧氷が露出した裸氷帯で、夏の日射で表面が融けて去年までの標識旗はすべて倒れて風で飛ばされてしまう。
出発の3日前まで、数回に分けてその部分の整備を行ない、今回の移動に備えておいた。

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S16に置いてある雪上車やそりは、放っておくと雪に埋まってしまう。
埋まりかけたそりや雪上車を掘り出して移動させるのが年中行事。
ブレードつきのSM60型雪上車で橇の周りを掘り、SM100で引っ張りだす。
機械では手のつけられないところは、当然手作業だ。
寒い中厳しい作業が続く。

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ブレード付のSM60型、SM65型は掘り出し作業で大活躍。

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今回の宿泊は、通称「ドーム夏宿」。緑色の箱がそれだ。
20年近く前、ドームふじ基地を建設するときの宿舎として使われたもので、大型の冷凍庫を改造した宿舎だ。
黄色い部分は橇で、これ自体を雪上車で引っ張って移動することができる。
隣にSM100を停めて電源をとり、夏宿の中を温風で温めると結構快適に過ごすことができる。
隣の木箱はトイレそり。

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寒い外での作業を終えて、ドーム夏宿に戻るとほっとする。
狭いながらも楽しい我が家。
吹雪による停滞時には、一歩も外に出られず、丸2日間をこの中で過ごした。

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2km離れたS17には、こんな看板がある。
内陸へのイメージが膨らむ場所だ。

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気象隊員は、観測機器のメンテナンスに余念がない。
日本と比べて極端に観測データの少ない南極では、一つ一つが貴重なデータだ。

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3日間の停滞はあったものの、作業自体は順調に進み、すべての橇と雪上車の移動を終えることができた。
また、夏期間にドームふじ基地にでかけていた旅行隊が残して行った廃棄物や装備品などを回収し、10月のみずほ基地旅行で使用予定のSM100を3台とっつき岬に下ろすことができた。
S16からとっつき岬までは、7台の雪上車でコンボイを組んで移動。

次にS16に来るのは極夜が明けてからとなる。
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